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東北ツーリング 最終日 [ツーリング]

2017年5月

川渡温泉にむかう.JPG

秋田県から宮城県の大崎市へ向かいます。

今日は東北ツーリングの最終日で、川渡温泉でお湯を頂いた後、仙台の青葉神社を見学して

ナップスでオイル交換をしてもらったら、一気に東北、宮城を脱出。

途中、日本海沿いの何処かで幕営した後に帰還の強行軍で参ります。




近くの施設で許可を得て入浴1.jpg
仙台に行く前にキレイキレイします。

東北一の都市だからね(´∧ω∧`*)

九州男児に磨きを掛けるのじゃ!

近くの施設に入浴許可をもらってお湯を頂くよ

やっす1.jpg
めっちゃやっす!

噂によれば地域の常連さんがいてお湯は激熱熱湯風呂らしいけど、今日は貸し切りみたいで

超ラッキー♡

仙台に行く前にキレイキレイしなきゃ1.jpg
おすなよ!おすなよーっ!

硫黄の濃厚な香りで、温泉天国な東北。

温度は浸かってられないくらい激熱ぢゃった。・゚゚(ノД`)

のどかぢゃぁ1.jpg
さっぱりした後はしばし日光浴♪

はぁかえりたくねぇ。

とろみのあるヌードル1.jpg
むとうはっぷみたいな香りを漂わせ風を切ったその先に、スープにとろみの付いたうんめぇ

ヌードルでお腹を満たしました。

とある仙台の街並み1.jpg
仙台の街並みを颯爽と駆け抜けるしちーぼーい。

整備完了1.jpg
仙台ナップス。

東北のバイク量販店の全てが宮城県仙台市に集まっているので5000kmを越えるロンツーでは

ここで整備を受けないと弩デカいオイルパックと4Lを越えるエンジンオイルを背負って

全行程を回らなきゃいけなくなる・・・・そんなの地獄じゃ。

東北に住んでるライダーはひいきのバイク屋さんでお世話になることが多いようですが

量販店に行くためだけのツーリングをすることもあるのだとか。




オイル交換をする時店員さんが『北九州からですか!』

って驚いてた。

この1年後の2018年もここのナップスでオイル交換をするのだけど、受付のおねーさんのご家族が

北九州にいるって話をしてくれて、僕のバイクの整備を担当してくれたおにぃさんも

北九出身だって!

2年連続で3回も同じ所でオイル交換をしてもらったから『また北九州の人が来てるよ』って

話題になってたらしい。




今回は僕が北九州から遥々来てるって事で、整備の順番を繰り上げて早めに作業を終わらせてくれたよ!

ホントにありがとう!!




しっかりオイル交換をしてもらった後は、前回記事にした青葉神社を巡り、予定よりも早く

キャンプ地へ向かう事に。

次のキャンプ地へ急ぐ1.jpg
日本の背中側から九州を目指す計画なので、途中の新潟に入った頃に

新潟のライダーさんからお声をかけて頂いて、ちょっぴり談笑。

普段クルーザー乗りの方からはあまり声を掛けてもらえないのでちょっと嬉しかった。

途中で夕食
結果、またヌードル1.jpg
結果、手っ取り早い麺なんだよ。



やべぇひがくれる1.jpg
やべぇ。

陽が暮れる。

元より帰りの計画はアバウトでほぼノンストップなのでこういうのは何度も経験してるけど

キャンプ地には出来るだけ明るい時間にたどり着きたいよ。

じゃないと・・・・

キャンプ場はホントにこっち?1.jpg
ホントにこの道で合ってんのかよ!

ってことになるからさ・・・・

はい。

真っ暗になりました。

こえぇよぉ。

くらいよぉ。

周囲の探索1.jpg
一応目指していた『不動滝いこいの里』って言うキャンプ場に着いたはずだけど・・・・ここ?

周囲を探索して見つけた看板には施設の裏側がキャンプ場になってたよ。

誰もいないんじゃ・・・・?

地図だ!1.jpg

と、思ったらわりと人が居た。

なんか安心したよ。

あんまり騒がしいキャンプ場は嫌いだけど、静かすぎるのは心細いからさ。
沢山のキャンパーがいた1.jpg

とりあえず春と言っても新潟の山間部はやっぱ寒い!
コーヒーで暖を取る1.jpg
コーヒーを作って

うまぁ1.jpg
んまぁ♪ヽ(*´∀`)ノってなる。

今日はいっぱい走ったのですぐに寝ちゃった。

朝食1.jpg
行動~行動をスムーズにする為に最低限の缶食とインスタントで。

こんなでもお外で食べるとおいしんだ♪

車両も付けられたのか1.jpg
近くに車両をおろせたのかぁ。

僕のほかにもトライアンフのスクランブラ―が停まってた。

新潟、不動滝いこいの里キャンプ場1.jpg
桜を見るのも今日で最後か。

九州じゃ5月ってもう散ってるからね。

名残惜しく見てるけど行動~行動の時間を短縮させるための簡素な食事の意味がない。

立山連峰.jpg
テントをさっさと畳んだら下道で富山まで来ましたよ。

立山連峰が雪化粧をしててきれいだなぁ。

北陸道を目指すけど立山の麓まで寄り道.jpg
北陸自動車道を目指してたけど、ちょっと立山の麓まで寄り道。

明日仕事なのにまだ富山にいるんです.jpg
明日、仕事なのにまだ富山で遊んでるんです。

たのしぃなぁ♪ヽ(*´∀`)ノ

雷鳥がゆうめいだからね1.jpg
立山サンダーバード

色々な国のたばこが売ってて、みんなパッケージがかっこよかったよ!

?を押してみた1.jpg
疲れたので甘い物が飲みたいなぁって、どんだけブラック押しなん!?

ジュースなんてプリン味の喉乾きそうなのしかないやん(泣)

で、一か八かで『?』ってボタンを押してみた。
これが出た1.jpg
普通やないかぁい!

・・・・てか、こういうのが飲みたかったんじゃ!

ワンダースポットで遊んだあとはいそいそと九州へ帰るよ。
即席ツーリングチーム結成.jpg
即席ツーリングチームを結成したり、要所要所で休憩を挟み

やっぱりこんな時間になっちゃうのね。
弾丸サウザントツーリングは終焉へ.jpg
目的地が1000kmを越えてくると絶対くらい時間も走らなきゃいけなくなる。

最後は関門海峡を渡る。
最後は関門海峡を渡る.jpg
ここを渡るとたった数日の色濃い大冒険が走馬灯のように記憶から蘇る。

楽しかった経験。

キレイだった景色。

寒かった夜。

話しかけてくれたみんなの笑顔。

そして、冒険から帰ってきてちょっと大きな人間に成れたような誇らしい気持ちと安心感。

爪に火を燈す様な限界の走り。
燃料も時間もきっちりギリギリ使い切ったぜ.jpg
もちろんスピードじゃなくて残りの燃料と現在の時刻。

ただいま僕の家。

またいつか東北を走りたいな(´∧ω∧`*)

そして有難う東北の皆さん。とってもいい思い出がたくさんできましたヾ(≧∇≦*)/
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艦これ 名取 聖地巡礼 [聖地巡礼]

2017年5月
仙台の八重.jpg
宮城県の仙台に来ております。

今日は『艦これ』に登場してくるキャラクター『名取』の聖地巡礼なのです。
青葉神社.jpg
青葉神社。

読みやすい.jpg

同ゲームには重巡洋艦『青葉』って出てくるけど、『名取』の聖地です。

『名取と言います。ご迷惑をお掛けしないように、が、頑張ります!』
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軽巡洋艦 名取
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かつて日本帝国海軍の艦艇として実在した軍艦で、その名は宮城県を流れる名取川から付けられた。

1922年2月16日生まれの彼女は、長良型六人姉妹の三女。

大正時代に数多く建造された5500トン級の一人で長女『長良』『五十鈴』『名取』を含め、

妹達に『由良』『鬼怒』『阿武隈』と賑やかな家庭環境で育っている。

性格も至って控えめでやっぱり姉妹達により、上から下から圧力がかかる為であろうか?

解るよ、その苦労(血涙)

しかしながら、『名取』の完成当初は高速軽巡洋艦と言うこともあり、水雷戦隊の旗艦として

海を駆け回る。




建造当初、素早さが売りの彼女は金魚すくいが得意なのか夏祭りでしっかり健闘した様子が伺えます。
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けれど、この夏グラ。

よく見てみると金魚以外にも、変な物を捕まえたようです。

深海棲艦?



この青葉神社の分霊を祀っていた軽巡洋艦『名取』ですが

名取の神様はあの戦国乱世に名を刻んだ伊達政宗と言うことになります!

かっけぇぜ!
独眼竜.jpg

恒例のイタ絵馬探し
この人はまた仙台にこれたのかな.jpg
あった!

描いてくれてありがとーっ( ≧∀≦)ノ




略艦歴

『て、敵艦見ゆ!・・・・って、ホントに実戦!?』

1941年4月
日米関係の決定的な決裂の要因となった南部仏印進駐作戦に参加。

12月10日
フィリピン諸島のアパリでB-17の攻撃を受け、至近弾により損傷し、多数の死傷者を出したが

12月22日のリンガエン湾上陸作戦に従事。

12月31日より第二次マレー部隊に編入された。

1942年3月1日
バタビア沖海戦にて米重巡洋艦『ヒューストン』撃沈に貢献。

3月10日
第2南遣艦隊第16戦隊の旗艦となり東インド方面の警戒任務を行った。

1943年1月9日
アンボンへ向かう途中、米潜水艦『トートグ』の雷撃を受け後部を損傷。

その際、名取は14cm砲でトートグの潜望鏡を破壊し撃退している。

名取はアンボンで修理を行うも、同月16日、21日にB-24の空襲を受け、至近弾により再び損傷を受けた。

度重なる攻撃と負傷のため、護衛されつつマカッサルへ後退するも、再来したトートグによる

攻撃を受ける。

この時も名取は14cm砲で水面を撃ちまくり、追い返している。
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マカッサル、シンガポールを経由した名取は、舞鶴港へと帰還。

1年と3ヵ月の改造期間を経て改装し、2機の主砲と引き換えに

高角砲や対空機銃を増設。

修理と改装を終えた『名取』は訓練、輸送任務を遂行する。




1944年6月

マリアナ沖海戦にて、機動部隊の補給と護衛を行う。

8月8日

フィリピン諸島からパラオに輸送任務を行っていたところサマール島東方水域で

米潜水艦ハードへっどの雷撃を受け直撃弾を食らう。

『名取』は損傷直後にも関わらず発見した潜望鏡に対し、高角砲と機銃を即座に連射。

それ以上の追撃を断念させる。

被雷後は浸水が徐々に拡大。

やがて機関が停止。

7時05分

『名取』は艦首から逆立ちするかのように暗い海へと沈んでいった。

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東北ツーリング ライダーの聖地 鳥海ブルーライン [ツーリング]

2017年5月某日

いまだに東北ネタを引きずっているゆきです。

東北.jpg

だって単なる田園風景も日本人の魂を震わせるような素敵な景色なんだもん。

で僕がいる所は山形県と秋田県の境目らへんの遊佐町。

道の駅ふらっと.jpg
道の駅ふらっとでは鳥海山の恵みと日本海の恵みを一度に得ることが出来る人気スポットです。

春も夏の連休も止めるところがないくらい込み合うよ。

北海道へ行く途中の補給スポットで、ここで食料を得て、その先で燃料補給をするのが

僕のルーティンですが、今回はココでゆっくり買い物をして、ライダーの聖地。

鳥海ブルーラインを制覇しようと思います。

きもちいいライディング.jpg

どうしても豪雪地帯なので通れる時間が限られるけど、それ以外は海も山も近いって所なので

地元のような安心感。

僕の住むところも海と山に恵まれてるのだ(´∧ω∧`*)

ご安全に.jpg

雪渓を縫うように走るとちらほらライダーの姿をみます。

絶好のツーリング日和だもんね♪

到着.jpg
お互いの安全を祈りながらピースサインを送りあって、てっぺんまでたどり着いたぜ!

いい天気.jpg
ここから庄内平野を見渡すと『すげー!』を連発できるほどの景色が広がってるのだ!

旨い米が採れそう.jpg
稲作を中心に農業が盛んな山形県北西部。

全ての田んぼに水を張るとソーラーレイが出来上がるんじゃね?

分からない人はウィキペディア先生にでも聞いてみてくれ。

土地の物を頂く.jpg
すげーを連発しすぎて小腹が減ったので、ここで道の駅ふらっとで買っておいた飲むヨーグルトと

古代米のおはぎを頂きます。

・・・・なんちゅー組み合わせや。

今度は『うめー』を連発します。

語彙力。・゚゚(ノД`)

お土産を買い込みます.jpg
小腹を満たすのはこの後買物するからだよ!

空腹で買い物すると食べ物いっぱい買うやん。

ライダーの聖地.jpg
ライダーの聖地。

鳥海ブルーラインでライダーらしい買い物をしたよ。

ステッカー類にポッケに入りそうな小物をざっくざく。

そう。ライダーはペラペラで嵩張らない物。特にステッカーが大好物なのよ。

でね。子供みたいにあちこちバイクやヘルメットに貼り付けたり、

几帳面な人はキレイにファイリングしたり。

やっぱ東北いいわぁ.jpg
僕は大雑把なのでデスクの引き出しにぶっ込む派だけどね(遠い目)

豪雪地帯ならでわ.jpg
鳥海ブルーラインのてっぺんから下界の景色を堪能した後は、暖かい下界に戻って次のキャンプ地へ

向かいます。

さっきまでいた鳥海山.jpg
さっきまでいたお山のなんと美しい事。

なだらかな山体に雪化粧をしてとっても女性的です。

サイドケースほしいわ.jpg
パノラマラインを走って日本海とはお別れ。

知らない土地はワクワクがいっぱい.jpg
ひたすらまっすぐな道の隣には、防風の為の装置が施されているのは九州では見たことない光景。

即席ツーリングチーム.jpg
時々即席ツーリングチームを組んでは『あ、そっち行っちゃうの!?』を繰り返しつつ。

4年前に通ったことある場所に出てちょっと感動したり。

ここをキャンプ地とする.jpg
秋田県湯沢市に着いた頃にはそろそろ日が暮れだす時間。

東北は道が広いから距離感がなくなっちゃうけど、もしかしたら今日もいっぱい

走ったんじゃないかな?

実はテントを建てる前に米は浸漬しておいた。
飯の準備.jpg

テントを建て終わったら近くのコンビニまで買い出し。

それからの調理開始だよ。

ドリトスにカット野菜をブチ込むとメキシカンなサラダの出来上がり!

意外と旨いんだぜ。
ドリトスにちょい足しでサラダに.jpg

充実の内容.jpg
豆ご飯を炊いて、ウインナー焼いて、スープを作ったら後は、まったりディナータイム。

秋田の夜はビビるくらい寒くて『さみー』の連発。

ライダーの聖地、鳥海ブルーラインは最高でしたが、語彙力サイテーなツーリングでした(´∧ω∧`*)
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艦これ 羽黒 聖地巡礼 [聖地巡礼]

キャンプ地.jpg

燃料、食糧、水の全てがギリギリだった夜が明けました。

燃料があと僅か.jpg

2017年5月某日。

この日は出羽三山神社に向かいました!

そうだよ。

いつもの聖地巡礼だよ。

艦隊これくしょん『艦これ』の登場人物でもあり、当時の海で暴れまわった史実の軍艦

重巡洋艦 『羽黒』の艦内神社となったのがこちらの神社なのですよ。
巡礼.jpg

随神門.jpg
随神門を潜ると神聖な空気が僕の身を包みます。

ここからが素晴らしく・・・・キツイ!.jpg
ここから社殿までが地獄の様にキツイのです。

羽黒山五重塔.jpg
五重塔

生命.jpg

ミシュラン・グリーンガイドジャポンの道.jpg
ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで紹介された杉並木の石段は山頂まで2446段、約2kmの

道のりとなります。

羽黒山の石段2446段 約2キロ.jpg

杉並木.jpg

途中の二の坂茶屋で一息つきましょう。
二の坂茶屋.jpg

御抹茶がおいしい.jpg
力が湧いてくるぜ!

遠く庄内平野を眺めているとこれをもらいました
庄内平野が見渡せる.jpg

レオナルド・ディカプリオ殿だなんて.jpg

33ある絵の内、18個を見つけると願いがかなう.jpg
石段を歩いているとこんな絵を発見しました。

参道には33個の絵があるらしく、うち18個を発見すると願いがかなうんだって。

え・・・・山頂付近でいくつか見つけただけやけど?

斎館.jpg

とても静か.jpg
山頂近くには斎館と言う宿坊もあります。

宿泊の際には精進料理を頂くのもいいですね。

最後の鳥居を潜れば拝殿が見えてきます。
羽黒山の鳥居をくぐる.jpg

屋根綺麗にしまっせ.jpg
茅葺屋根のメンテナンス中じゃったp(´⌒`q)

月山、羽黒山、湯殿山をお祀りした三神合祭殿。
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古く修験の場として繁栄してきた面影を今に伝えています。

拝殿の萱葺は厚さ2.1mにもなる重厚な物。

萱葺の構造物としては日本最大。

立派であります.jpg
鐘楼も立派!

自分の金運を第一についでに世界の平和を祈った出羽三山神社 聖地巡礼。
平和へと.jpg

下山した後は美味しい物を頂きます。
こちらのお店で頂きます.jpg
山形と言えばコレ!!
山形県民熱愛のたまこん.jpg
ソウルフードたまこんにゃくヾ(≧∇≦*)/

と言いたいけど、体質的にこんにゃくだけはだめなのです(இдஇ; )

なのでこちらで(´∧ω∧`*)
麦きり.jpg
麦きりです。

そうめんとうどんの中間のような太さ。

シンプルなうまさがたまんねぇぜ。




最後に史実とゲームでの彼女をごちゃ混ぜにしてご紹介♪

重巡洋艦 羽黒
ラバウル 空襲を受ける羽黒.jpg

羽黒です。妙高型重巡洋艦姉妹の 末っ娘です。あ、あの…ごめんなさいっ!

名前の由来は山形県の羽黒山から。

彼女の誕生日は1928年3月24日(進水)

IJN_heavy_cuiser_HAGURO_1928_under_construction_at_MITSUBISHI_Nagasaki_dry_dock.jpg

羽黒の誕生.png

長崎で生まれた彼女の艦内艤装はそれまで、イギリス様式が色濃く表れていた日本軍艦勢に比べ

日本色を出したものとなった。

第五戦隊の中心的存在で大戦初期から海軍最後の水上戦まで戦い抜いた武勲艦であり幸運艦。

zeOFziz6.jpg

ゲームでは遠慮がちでおどおどしたキャラクターで4姉妹の中でも幼さが残る容姿。

俺提督的には護って上げたいキャラNo1なのですが、いぢめてオーラを鋭敏に嗅ぎ分ける

鬼畜提督の諸君は中破グラフィック固定で秘書艦にして遊んだのは

1度や2度ではないはず。

背後の気配と音量には気を付けろよ。

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おい!誰だ!!執務室に布団を置いたやつは!!

分かってるジャマイカ

私より、あの娘を先に…

入渠や改装では他の艦娘を優先させてほしいなど大人しい彼女も

戦闘となれば頼もしいセリフもチラホラ。




史実の重巡洋艦 羽黒はと言うと幸運艦でありながら大戦初期~大戦末期までを戦い抜いた武勲艦

全砲門、開いてください!

最前線での先制攻撃や迎撃を担う部隊『第二艦隊』

重巡洋艦 羽黒はそんな真っ先に敵の脅威に曝される艦隊に所属していた。

旗艦を務めたことこそ少ないものの、スラバヤ沖海戦では姉の那智と共に

敵ABDA艦隊を追撃。オランダ軽巡洋艦デ・ロイテル及びジャワを撃沈し

イギリス重巡洋艦に直撃弾を喰らわし撃沈に追いやっている。

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初の4姉妹そろっての戦い




珊瑚海海戦

次女那智が北方方面へ転出後も長女の妙高と共に南方での任務を遂行する羽黒。

珊瑚海海戦では主に航空戦となったため目立つ活躍は出来なかったものの、水上偵察機を射出し

艦隊の眼となっていた。
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羽黒と那智所属水上偵察機・・・・ちょっと古い機体だけど。




ミッドウェー海戦

日本海軍が主力空母4隻を立て続けに失い艦隊は撤退を余儀なくされた。

ところで羽黒くん。

僕たちこのまま撤退しなきゃいけなくなっちゃったんだけど、敵に背中を見せるのはちょっと

怖いんだよね。

妙高おねぇちゃんと一緒に殿(しんがり)頼める?

貴方たちの背中は、私が守ります!

け・・・・健気だ(涙)

この戦争のターニングポイントとなった戦いで羽黒は殿(しんがり)となり

太平洋のど真ん中のウェーク島で偽の電文を流しながら数日間に渡り一生懸命走り回ることになる。

本格的な追撃があったらヤバかったな。




ブーゲンビル島沖海戦

ソロモン諸島での戦闘が激しさを極める中、妙高、羽黒は同島への上陸を計ろうとする輸送船団の

撃滅の為出撃。

これを阻止すべく対抗するのが第39任務部隊。






艦隊の動きを逸早く察知したのは高性能なレーダーを使っていた米軍であった。

羽黒が所属する第五戦隊も16000mの距離で敵を確認し

日本海軍初の照明弾で暗闇を照らしての砲撃。

戦闘状態に移行した第五戦隊。

綺麗に陣形を組んでいたが、夜闇の中での回避運動は至難であり、陣形が乱れ艦艇同市の衝突が

相次ぎ場は混乱した。

その騒動の中にいたのが長女の妙高だった。

彼女は駆逐艦の初風と衝突。

初風は船首を失い、妙高は速力が低下した。

これを目の前にした羽黒は自身が壁となるべく妙高の前に出る。

砲撃が羽黒に集中する中、速度を取り戻した妙高は戦列に復帰。

日米共に縦並びとなる単縦陣による同航戦の形になり、全砲門が火を噴きあう真っ向勝負となった。

レーダーを使い敵を補足し、各艦を有効に働かせ射撃を行う第39任務部隊に対し

艦一隻、一隻の戦闘能力に頼り奮戦する第五戦隊。

特に妙高と羽黒の砲撃は夾叉弾を連発し、日本側にもレーダー射撃能力があるのではと

疑わせるほどだった。

この戦闘で米巡洋艦デンバーに3発命中させるがすべてが不発。

しかしデンバーはこの被弾で浸水し速力が低下。

一方、羽黒でも6発の被弾を受けるも幸運なことに4発は不発で轟沈を免れている。

この時点で周辺海域は照明弾と吊光弾の光を反射させた雲の影響で不気味な薄明りとなっていた。
View_forward_from_USS_Columbia_(CL-56)_during_Battle_of_Empress_Augusta_Bay_1943.jpg
はい。もう少しで轟沈するところでした



これまでの戦いで軽巡洋艦 川内及び駆逐艦初風が沈没。

米艦隊は衝突や被弾による損害はあるものの沈没はなし。




この状況を鑑み必要以上の危険を嫌った第39任務部隊は煙幕を張り一時距離をとり、

第五戦隊はこの戦闘の要となった照明弾も尽き、翌朝からの空襲を恐れ撤退。

ブーゲンビル島沖海戦は日本海軍の敗北で幕を閉じた。




日本側の戦闘指揮について賛否あるものの、羽黒、妙高共に自分より高度に発達した敵を相手に

勇猛果敢に立ち向かい互角の戦いを繰り広げたことをモントピリアの乗組だった

ジェームズ・J・フェーイー氏も高く評価していたようだ。




陸海軍9万人がひしめくラバウル要塞は連合軍に包囲され度々空襲を受けていた。

Rabaul_under_air_attack.jpg


1943年11月2日

ブーゲンビル島沖海戦から帰還した直後の第五戦隊。

ラバウルには敵攻撃機約200が押し寄せた。

強力な対空砲火と迎撃機を警戒した連合軍は高高度から陸上施設や艦艇めがけて

爆弾を投下していくなか、羽黒が停泊していた場所は敵機侵入経路から陸上施設を挟んでいたため

自分に向かってくるほとんどの機体は爆弾を抱いていなかった。

幸運なことにほぼ損害の出なかった羽黒に対し、姉の妙高はタービンに亀裂が入る損害を被った。

ラバウル 空襲を受ける羽黒.jpg

ラバウルにて空襲をうける羽黒




ブーゲンビル島沖海戦の傷を癒すため、第五戦隊は一路佐世保を目指す。

ここでも幸運なことに、出航翌日にラバウルは再び大空襲を受けていた。




約1か月の修理を終えた羽黒は妙高と共に陸軍兵のカビエン輸送を命じられる。

揚陸作業の遅れから、敵機に発見され空襲を受ける寸前であったが幸運にも猛烈なスコールが

見えたため、その中に逃げ込こんだ。更に幸運な事に、そのスコールは羽黒が逃げる方向と

同じ方向へ進んでいたため、長時間隠れることが出来、難を逃れた。

この頃から、乗員の間で幸運の艦羽黒が合言葉となる。




トラック島空襲直前に出航。事なきを得る。
SBDドーントレストラック島攻撃.jpg

空襲中に撮影されたトラック島.jpg

さらにその避難先のパラオ大空襲は、共に事前に察知して出航し、難を逃れている。
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羽黒は他の艦と共にはるか西方のリンガ泊地へ後退した。





1944年5月末、ビアクに上陸した米軍に呼応して連合艦隊は渾作戦を発動。

ビアク島守備隊支援のための逆上陸。また、米主力艦隊をパラオ付近に誘い出し決戦を挑むため

羽黒もこれに参加し兵員輸送の警戒隊に参加するが、無駄に重油を消費し貴重な戦力が

削がれるだけの作戦を行っているうちに、米機動部隊はマリアナ諸島に来襲。

連合艦隊は渾作戦を中止し、羽黒にも直ちに本隊合流の命が下った。

絶対国防圏を巡る熾烈な戦い。

マリアナ沖海戦の幕開けである。



1944年6月19日

羽黒は空母大鳳の直衛として輪形陣の一角を成した。

7時25分から13時40分に至るまで日本海軍は艦載機による攻撃を6回にわたり実施しているが

送り出した攻撃機の大半は撃墜され未帰還のままという大損害を被った。

航空隊の動きとは別に

8時10分

大鳳が米潜水艦アルバコアの雷撃に遭い、発射された6本の魚雷のうち1本が命中した。

この時点での損傷は修復可能で戦闘続行できるものであった。

11時20分。

日本の艦隊に接近していた米潜水艦カヴァラが発射した4本の魚雷が正規空母翔鶴に命中。

翔鶴は14時10分に沈没。

14時32分には大鳳が突如大爆発を起こし、16時28分に沈没した。

脱出した小沢長官や古村参謀長を収容し、一時的に艦隊旗艦を務めた。

しかし、羽黒の設備では通信能力が不足するため、機動部隊司令部は結局瑞鶴に移った。




大鳳沈没後の翌6月20日

米機動部隊から発進した航空機216機からの攻撃を受ける。

羽黒は対空砲火で敵機を5機撃墜。艦自身は大した損害を受けていないが、

羽黒乗員に戦死者は若干出ている。

また、この空襲で迎撃に飛び立った零戦23機が撃墜され、

商船改造空母飛鷹、逃げ遅れた補給艦2隻が航行不能になり自沈処分された。

艦隊は夜戦に突入すべく東進していたが、作戦中止の命を受け北西に変針した。




レイテ沖海戦

羽黒は第一遊撃部隊第一部隊第五戦隊に所属

800px-レイテ沖海戦図A3.svg.png


10月23日0時、パラワン水道の入り口に達する。

ブルネイ泊地を出撃した翌10月23日6時33分、バラワン水道にて潜水艦の襲撃を受ける。

愛宕が沈没し、高雄が自立航行出来ないところまで追いつめられ第四戦隊は壊滅。

6時57分

羽黒にも5本の魚雷が向かってきた。とっさの操艦によって前の4本をうまく回避し、

回避不可能と思われた1本も幸運な事に直前で水面航走を始めて速度が落ちたために回避できた。

しかしその魚雷が、そのまま後続にいた摩耶に命中、轟沈させている。
1944年10月23日黎明。旗艦愛宕被雷時の第一遊撃部隊第一部隊の隊形.svg.png




10月24日

シブヤン海では熾烈な対空戦闘を行っている。

10時26分より始まった攻撃は6度に亘り絶え間なく行われ、これにより妙高は大破撤退。

羽黒が戦隊の旗艦を務める。











翌10月25日のサマール沖海戦では、護衛空母6隻、駆逐艦7隻からなる護衛空母群タフィ3に向かって

全軍の先頭で突撃した。延べ100機にも及ぶ敵機の妨害と護衛駆逐艦の必死の反撃で

熊野、鈴谷、筑摩、鳥海が被害を受け落伍していく中、第二砲塔に爆弾を受け中破するものの、

他に唯一落伍しなかった利根、単独で進撃してきた金剛と共に護衛空母「ガンビア・ベイ」を撃沈、

同じく「ファンショー・ベイ」「カリニン・ベイ」に損傷を与え、

駆逐艦「ホエール」「「サミュエル・B・ロバーツ 」を撃破し、最もレイテ湾に肉薄している。

早朝、輪形陣を形成中の艦隊は、遠方に敵の空母群らしきマストを発見した。

皆、これを正規空母からなる高速機動部隊と誤認。一刻を争うとの判断から隊列整形を捨て、

まずは重巡戦隊、ついで戦艦戦隊に突撃が命じられた。残燃料に不安のある水雷戦隊は

重油を浪費せぬよう待機。羽黒は漸次増速、鳥海を率いて突進した。

羽黒らにとっても予期せぬ会敵だったが、タフィ3にはまさに青天の霹靂であった。

煙幕を張り、護衛の駆逐艦に重巡の足止めを命じ、艦載機を手当たり次第放って妨害に当たらせ、

周囲のスコールを隠れ蓑に全速力(といっても17.5ノット)で逃走にかかった。

羽黒は突撃しながら大いに暴れ回り、主砲の20cm砲弾を9割以上も発射。

当時の砲術長は帝国海軍最高射弾数の記録を塗り替えている。羽黒も反撃で爆弾2発、

駆逐艦の主砲直撃、機銃数千発の被害を受けており、当時の戦いの激しさが想像できる。

また、直撃と思われた敵の航空魚雷が深すぎたせいで、船の真下を通過していくという幸運に

恵まれたおかげで無事に帰還を果たしている。

鳥海とともに敵空母へ砲撃中、突如飛来した敵機により2番砲塔に爆弾が直撃する。

天蓋には大穴が開き、殆どの砲員が死傷し或いは気絶した。注水は遅れ、あわや陸奥の二の舞寸前と

なるところまでいったものの、幸運にも一人の若い水兵が意識を取り戻し、たった一人で冷静に事態

に対処したために事なきを得た。

歴戦を戦い抜き高い練度と技量をほこる羽黒の乗員であったが、

この一発は止むを得ないものがある。敵機の行動から爆弾や魚雷を粗方発射し終えたものと判断され

たため、被弾を覚悟で敢えて回避を一切せず、少しでも距離を詰めるべく

一直線に突撃していた最中に落とされたものであった。

対空と対艦を同時にこなさなければならない難しく危険な戦闘であったが、

杉浦艦長は時折笑みを見せることすらあったという。

遮二無二突撃した結果、羽黒は大きく突出し、味方は水平線の彼方に戦艦のマストの先が

見えるのみであった。周囲には羽黒と利根の2隻以外おらず、

執拗に喰らい付く羽黒に攻撃が集中しつつあった。これを見た利根は大きく転陀し、

敵の攻撃を分散させるべく自ら羽黒の後方に付いた。

いよいよ追撃戦も大詰めと見えたそのとき大和より集合命令が届いた。

已む無く戦闘を中止し、未練を残す利根を連れ反転した。

羽黒たちの攻撃を受け、危機に陥ったアメリカ第7艦隊の護衛空母群の1つ(タフィ3)が、

第34任務部隊*29に救援を呼んだが、幸運なことに、この要請は取り合われなかった。

さらに幸運なことに、状況を見かねたハワイのニミッツ提督が発した電文に指揮官の

ハルゼー提督が大激怒。

憤怒のあまり延々とこの電文にこだわり罵り続けたため増援の派遣が一時間も遅れ、

結果、羽黒たちは増援部隊に会わず無事シブヤン海へと脱出した。

艦隊が突入を取りやめ、北方にいると連絡を受けた敵艦隊の追撃を開始した栗田艦隊は、16時過ぎに

友軍機の大編隊と遭遇する。これは昼に栗田艦隊が発信した「ヤキ1カの敵を攻撃されたし」の

無電を受けて出撃した第二航空艦隊の攻撃隊であった。作戦開始以来初めて見る友軍機の編隊に

艦隊将兵は勇気づけられたという。ところが直後の16時40分、栗田艦隊は米軍機の空襲を受け応戦、

一方の第二航空艦隊の攻撃隊は目標を見つけられず、それどころか米軍機の迎撃を受け四散する。

その時、必死に敵艦隊を探す99式艦爆の一隊が空襲を受ける栗田艦隊を視認。

ところがそれを「攻撃隊の空襲を受ける米艦隊」と思い込み、なんと米軍機と一緒になって

栗田艦隊を攻撃、悪い事に目標となったのは羽黒だった。

幸いこの爆撃は命中する事はなかったが、栗田長官は直ちにこれを通報、同時期退却する

熊野でも誤爆騒ぎが発生しており、基地航空隊側はこれを受け当日の航空攻撃を全て

取り止めてしまった。




あくる10月26日、シブヤン海を西へ西へと退避する栗田艦隊に米機動部隊が追撃を加えてきた。

艦隊は大和を中心に輪形陣を敷いて応戦するが、一昨日シブヤン海を東進したときに比べ、その数は

ほぼ半減していた。

この日も朝から敵の索敵機が姿を見せ、その後の大規模な空襲を予感させた。.

触接機が姿を消して間もなく、約30機の敵機が現れ上空に殺到、攻撃を開始した。

羽黒の記録では14回目となる対空戦闘の始まりである。

空襲が始まると敵機の数はあれよあれよという間に増えていき、仕舞いには80機にもおよぶ

大群となった。羽黒にも艦尾方向から急降下爆撃機の小隊が襲い掛かってきたが、連日の対空戦闘で

鍛え上げられた機銃群がこれに素早く砲火を集中。投下された爆弾も回避し、

その後さらに敵機1機を撃墜。この空襲も無事に切り抜けた。

一方で輪形陣の先頭を走っていた能代が集中攻撃を受け、奮戦空しく被雷、落伍していった。

左に傾斜し、羽黒の右後方に遠ざかっていくその姿は、一昨日同じ海で落伍した妙高を

連想させたという。

取り残された能代が第2波の攻撃を受け最期を迎えている頃、先行する本隊はB-24の大編隊による

重爆撃を浴びていた。羽黒15回目の対空戦闘である。羽黒がはじめて経験する大型機の水平爆撃は、

予想外に空母機の爆撃よりも回避の余裕があったという。

しかし多数の500Kg爆弾が作りだす水柱は凄まじく、その振動は不気味に羽黒を揺さぶり、

吹き上げられる無数の弾片は乗員の脅威であった。幸い被害は殆んど無く昼過ぎには敵機も去り、

これが本海戦最後の空襲となった。

夕刻、島風、浦風など燃料の枯渇した駆逐艦が分離したため、艦隊の駆逐艦は雪風、

磯風のみとなった。その2隻も翌10月27日には燃料が尽きかけ、それぞれ榛名、長門から給油を

受けた。

羽黒と利根は駆逐艦に代わり、給油中の無防備な艦隊の警護にあたった。


ブルネイに艦隊として帰還できたのは羽黒を含めわずか9隻。各艦が何らかの損害を抱えていたが、

羽黒は2番砲塔以外全力発揮可能であった。栗田艦隊で最後まで戦闘力を保持した唯一の重巡だった。




帰投後のブルネイ湾では連絡役として沖に一隻で待機しているところに敵機が来襲。

単艦の羽黒に敵機の攻撃が集中するが、見事な操艦でこれを交わして生き延びている。

レイテ沖海戦の後、羽黒は南西方面艦隊に編入された。多くの艦が修理のため本土へ帰還する中、

充分な戦闘力を保持していた羽黒は反撃に備え南方に留め置かれたものと思われる。

昭和19年の年の暮れ。羽黒は姉の妙高救援に出動した。本土へ回航中、

潜水艦の雷撃で大破したのだ。サイゴン近海からシンガポールにかけては敵潜水艦の多い危険海域で

あり共倒れを心配する声もあったが、多数の海防艦、哨戒艇の援護もあり、妙高を曳航し

無事シンガポールまで連れ帰った。妙高が生き残れたのは羽黒のおかげと言っても過言では無い。

1945年(昭和20年)、年が明けて、それまでずっと所属していた第二艦隊から南西方面艦隊に

編入された。この時、臨時に大淀が第五戦隊に加わり、短い間であるが北号作戦で大淀が四航戦らと

共に本土に帰還するまで2艦で隊を組んでいる。

同年2月5日に、新設された第十方面艦隊に組み込まれ、足柄とのコンビで第五戦隊を編成。

シンガポールを拠点に行動した。第十方面艦隊は独立艦隊であり、

そこの主力重巡といえば聞こえはいいが、この頃すでに本土と南西方面は米軍に分断されており、

連合艦隊の置き去り宣言に等しい。

南方は資源に余裕はあったが設備が無かった。海軍の一大拠点であるシンガポールも、

度重なる空襲でその機能を失いつつあり、もはや羽黒は満足な修理も補給も受けられなかった。

羽黒は前の戦闘の怪我を我慢しながら、姉の足柄と共に訓練に励み、輸送任務をこなし、

勢いを増しつつある英海軍に対峙した。




大戦末期、羽黒はシンガポールにあった。ドイツを降し、対日戦に本腰を入れ始めた英軍の勢力は

日に日に増しており、劣勢の日本軍は兵力を集中させる必要が生じた。その動きの一環として、

羽黒にインド洋アンダマン諸島に物資を輸送、一部の人員を引き上げさせよという命令が下った。

この方面でまともに動ける艦は羽黒、足柄、

旧式駆逐艦の神風の3隻のみとなっており、

貴重な海上戦力であった。

輸送船ももはや無かったため、大型艦である羽黒に

白羽の矢がたった。

この時の羽黒の状態はとても良いとは言えなかった。

本土との連絡が断たれたため、充分な補給や修理は

受けられない。

先のサマール沖海戦での第二砲塔損傷、

セレター軍港での触雷による水面下の損傷、

更にその後英空母「シャー」による空襲を受け、

これらの被害を抱え込んだままの、

ほぼ中破状態であった。

少しでも積載量を稼ぐため、酸素魚雷と発射管は

撤去され、主砲の弾薬は定数の半分に減らされた。

甲板には燃料を入れたドラム缶を満載、艦内も食料、

医薬品、小銃弾などが所狭しと積み込まれた。

軍艦としてはまさに手足を縛られた状況であったが、

『重巡』羽黒最後の奉公ということで乗組員の士気は

高かったという。

護衛に神風を伴い、羽黒は最期の航海へと出発した。

しかし、その日のうちに潜水艦に発見されており、

羽黒の行動は英海軍の知るところとなった。

この輸送任務の妨害および掃討作戦のため、

戦艦「クイーン・エリザベス」を旗艦とし

第21護衛空母群や第26駆逐隊などからなる

第61部隊はアンダマン・ニコバル諸島方面に展開を

始めた。

羽黒は慎重に行動した。引き返して見せたり

偽装航路をとるなどし、敵の目を欺こうとした。

しかし、潜水艦の奇襲やB-24の接触、

味方哨戒機による敵艦隊の情報から、

英軍に付け狙われていると察した橋本司令官は

作戦中止を決意。

反転してシンガポールへ引き返すことにした。

深夜午前2時頃、ペナン沖。

羽黒の電探は近づいてくる影を捉えた。

すでに味方の勢力圏内であり、これが敵だとすぐには

認識できなかった。作戦中止で緊張が解けていたのも

災いした。近づく艦影が敵だと気づいた時には、

もはや近距離まで踏み込まれていたのである。

夜戦を挑まれた羽黒は果敢にも打って出た。

懐に入り込まれていたこともあるが、

敵は駆逐艦であり、重巡の火力と足があれば

振り払うことも不可能ではないはずであった。

だが、積み込まれた物資と蓄積していた損害が羽黒の

動きを縛っていた。特に甲板高く積まれたドラム缶は

主砲の旋回を妨げ、艦内深く残る損傷は羽黒に

高速発揮を許さなかった。

羽黒を捕捉したのは英国海軍第26駆逐隊所属の

最新鋭駆逐艦「ソマレズ」「ヴィラーゴ」

「ヴィーナス」「ヴェルラム」「ヴィジラアント」の

5隻であった。昼間、真正面から重巡と撃ち合うのを

避け、日が暮れるのを待ってから大胆にも

マラッカ海峡に侵入してきたのである。

甲板のドラム缶を投棄しつつ漸次増速、

探照灯を照射し主砲を旋回させるが尽く後手に

回っている感は否めなかった。

それでも二斉射目が「ソマレズ」に命中し、

火柱を上げる。だが、直後に魚雷1本が羽黒の前部に

命中。この一撃で羽黒の電源が停止、

全機能が麻痺してしまった。

さらに甲板に積み上げられたドラム缶の燃料に引火、

大火災発生。

闇夜の松明となった羽黒を敵艦は取り囲み、

さらに砲火を集中させた。
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後続の神風は、この状況を見て形勢不利を悟り戦闘を

断念、断腸の思いで煙幕を展張しつつ全速力で

離脱した。

この時、羽黒のほうでも神風に離脱するよう命令が

出ていたのだが、全電源が停止していた羽黒には

伝える術がなかった。

断末魔の様相を呈しつつある羽黒だったが、

その闘志は一向に衰えていなかった。火だるまになり

大きく傾きつつある中、人力操舵で艦のコントロールを

取り戻し、一部電源を復旧させ、生き残った砲は

周囲の敵艦に射撃を続けていた。

しかし、2本目の魚雷を機関室に被雷ついにその動きは

止まった。

この時点で退艦命令が出るが、直後に敵弾が艦橋を

直撃、司令部が壊滅してしまう。だが一部のもは

退艦命令を拒否。ここを死に場所と考え、

高角砲を人力で動かして戦闘を続行した。

行き足を失い、電源は破壊され、

指揮系統も寸断された。火災はなお激しく、

四周から打ち据えられた艦上構造物は、

まさに削り取られるかのごとく破壊され廃墟と

化していく。それでも羽黒は撃ち返した。

しかしいくら頑張ろうとも、もはや大勢は決していた。

午前3時33分に4発目の魚雷が命中。

停止してから約1時間。傾斜し、火災を発し、

加速度的に累加する被害にのたうちながら尚も激しく

戦闘を続けた羽黒だったがこの一発でついに力尽きた。

同乗していた

第五戦隊司令官橋本信太郎中将、

艦長杉浦嘉十少将以下およそ800名が艦と

運命をともにし、

艦尾を高々と上げて美しいペナン沖へと没していった。

大火災の劫火を背負い、雨のごとく浴びせられる

集中砲火の中からなお反撃する羽黒を見た神風乗員は、

その様をまるで阿修羅の如しと評し、英軍は戦後、

最後の最後まで撃ち続けたその闘魂を絶賛、

交戦した英国司令官をして日本海軍の精華なりと

称賛せしめている。

その後、ペナン港で燃料補給と損傷の応急処置を

済ませ、味方航空機の先導を受けつつ全速力で

引き返してきた神風により320名が救助された。

また、英軍側もカッターを出して生存者の

救出をしている。羽黒の沈没により、

シンガポールで健在な艦艇は、足柄と神風の

2艦のみとなった。

ペナン沖にただ一人沈んだ彼女だが、

元乗員の手記にはこう記されている。

「この作戦後、羽黒は浮き砲台になる予定だった。

スラバヤ、バタビヤ、ミッドウェー、ソロモン、

ブーゲンビル、サイパン、レイテと羽黒は海の

勇者とともにあったと思った。単なる鉄の塊でなく、

羽黒はしだいに魂を持つようになったと。

セレター軍港奥深く着底して、死に体のようになって、

朽ち果てることをいさぎよしとしなかったように

思われた。生ある者のように、魂ある者のように、

青く澄んだ印度洋の海原に躍り出てきたとしか

思えなかった」と。




沈没後、約60年間静かに眠り続けた羽黒が一人のダイバーに発見された。

甲板を上にして海面下66mから光を望んでいた。
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東北へ 磐梯吾妻スカイライン 蔵王エコーラインを走りきれ! [ツーリング]

2017年5月某日

朝が来た
朝が来た.jpg
福岡県から一睡もせずに走る事15時間

1300km地点にも太陽は昇る。

ここは福島県猪苗代湖。




今日は磐梯吾妻スカイラインをはじめ、蔵王エコーラインというライダーの聖地を巡っていきます。
磐梯吾妻スカイラインへ.jpg

ここからワクワクのワインディングロードだよ.jpg

スカイラインもエコーラインも開通時間が決まってるから、しっかり時間を調整してやって来たよ!

おばぁとツーショット.jpg
憧れのおばぁとツーショット!

じゃなくてスカイラインへの入り口で記念撮影

九州では見ることのない景色にテンションは終始Max!!
憧れのばしょだぁ!.jpg

磐梯吾妻スカイライン。噛み締める様に、味わうように、しっかり走り込むのだヾ(≧∇≦*)/
路面ぬれぬれやん9.jpg

レークラインはその名の通り湖と山々、そして心地のいいワインディングロードが走る者を

楽しませてくれるよ
ぬれたくねぇ.jpg

ゴールドラインからのレークライン.jpg

深緑の時期はキレイでしょうね.jpg

まるで遊園地みたいだぜ!
遊園地だぜ.jpg

日本の道100選に選ばれたのも頷ける。
ここからはタイヤをはちっこまで使わせていただきます.jpg
ここからはタイヤの端っこまで使わせていただきます。

九州とは全く違う自然環境.jpg

ひんやりと静寂に包まれた山。
静寂.jpg
純白のドレスにヴェールをまとった淑女のようだよ。

神秘的だなぁΨ(≧ω≦)Ψ




でも、ここからの風景は自然の荒々しさを垣間見ることが出来ます。




きたぁぁ.jpg
とても風が強くて、寒くてガスってるけど、初めて雑誌でこの光景を見たとき

『俺もこの場所に絶対行くぞ!』

って心に誓った。

きたぁぁぁっぁ.jpg
自然を肌で感じ疾走するライダー。

クールじゃね?

それじゃ、僕もあそこに下るよ!
ここをはしりたかったんだ.jpg
両サイドに岩々を眺めながら走っているこの場所は絶対停車できません。

体に有毒な火山性のガスが噴出してるんだって!

そういえば道端の金属もえらく錆びついてたしな・・・・

どこまでもつづけ.jpg
天に伸びるような磐梯吾妻スカイラインもただ走っては写真を撮るだけで終わっちゃったけど

ここは来てよかった(´∧ω∧`*)




スカイラインを走り切り待ちに降りた後はフルーツラインを通って

宮城県の蔵王へ向かうよ
フルーツライン.jpg

特に食事に関してはリサーチしてないのでお昼を迎えたら適当な所でお店に突入します。
食事はここで.jpg
知らない土地を走ってる時は積極的に補給しないと、食事や燃料に困ったりするからね。

補給しすぎかな(///ω///)テレッ
ばっけってふきのとうのことなんだね.jpg
ここで一つお勉強になったのが『ふきのとう』の事を東北では『ばっけ』というらしい。

もしかしたら東北でも地域ごとに呼び方が違うのかもしれないけど。

ばっけ味噌のおぬぐるがおいすかった(∩ω∩`)




さぁ、お腹もいっぱいになったらここからは聖域でございます。
蔵王エコーラインへ.jpg
お金がいっぱい欲しいとか、女の子にもてたいとか、煩悩まみれの方は素晴らしいライディングを

神様が許してくれません。

蔵王エコーライン
もう最高なコーナーです.jpg
もう1年前の記憶なのでどこからがエコーなのか忘れちゃったけど、どこを走ってても気持ちいいのが

東北。

コマクサ平
コマクサビラにとうちゃく.jpg

荒々しい.jpg

眼下に滝が見えます。
眼下に滝が見える.jpg
厳冬期には雪に閉ざされるんだろうね!

さみぃけどここでもジドリ♪
風がつえぇんよ.jpg

ジドリで満足したらどんどん標高を稼いでいくよ!
もう東北にすみてぇ.jpg

雪の壁もすごいけど道もいい蔵王エコーラインそこから蔵王ハイラインへと続いて

たどり着いたのは蔵王山頂レストハウス
げんちゃりぬすむだ。あんだ。ずんだすみだ。.jpg
宮城と言えば独眼竜政宗!そしてずんだなのですよ♪ヽ(*´∀`)ノ

おまけにホットミルクも付けて名物っぽい物は見つけたらすぐ口に入れるのです(´∧ω∧`*)




僕がおやつを食べている間に霧がかった視界は徐々に晴れ、本日のツーリングのハイライト

五色沼。またの名を御釜が姿を現しました!
普通の男の子辞めます.jpg
酸性の火口湖なんだって。

見ることが出来てよかった(#^.^#)

ここからは蔵王の温泉を頂いて、食事を摂ったら近くでキャンプの予定だよ。

ずいぶんとんとん拍子に予定を消化したから大分時間が余っちゃった。

蔵王の温泉街.jpg

温泉街も少し奥に入るだけで旅情を感じる表情を見せてくれます。
こんなところに.jpg
旅情とか言いながら思いっきり駐車場の隣に温泉の源泉が・・・・

山奥とかじゃねぇんだ・・・・

路地にはモッツァレラチーズが沢山転がってたり。
モッツァレラ?.jpg
嘘です。湯の花かな?

手湯?みたいなのもあります。
ここで風呂入れるやん.jpg
これが好みの温度で超気持ちぃぃんだ♡

共同温泉は200円で入れるよ。

それも何件かあったのですいてる方をお勧めするよ。

僕は比較的新しい施設をチョイスしたよ。
結果あたらしめな施設をチョイス.jpg

共同温泉よりも高いけど極上の泉質を独り占めできるなんて、最高じゃね?
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ここの温泉は酸性が強いので金属を腐食させるんだって。

効能はよく読んでないけど、印象的だったのは・・・・ノイローゼにも効く・・・・

もっかい入りに行きたいストレス社会。




温泉でリフレッシュした後は、ほぉらもう着いたよキャンプ場(((o(*゚▽゚*)o)))
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って林道走って行くのかよ!

・・・・・誤算じゃった・・・・・

ってことで大急ぎで予備で候補に入れといたキャンプ地へ!
次のキャンプ地へ.jpg
ヤバい!

陽がくれたらめっちゃ寒くなるガクガク(((゜Д゜;)))ブルブル

緊急回避的に宮城県を脱出し、山形県に入りました。

焦っている時でも綺麗な物はキレイなんだよなぁ(*ゝωб*)b

美しい.jpg
月山かなぁ?

次なる聖地は出羽神社(いではじんじゃ)です。
出羽三山神社へ.jpg
出羽三山神社ともいうらしいです。

この神社へ行くまでの杉並木はミシュラングリーンガイドジャポンに登録されるほどです。

まぁその時の僕には歴史云々よりも時間との戦いが重要なわけで。
ヤバい日が暮れる.jpg

ほ・・・・ホントにこっちか!?
ほんとーに?.jpg

疑念は杞憂に終わりいそいそとテントを建てたら夕食の準備をします。
海自かれー.jpg

寒いしぺこぺこ.jpg

周囲には雪が残ってるし川沿いなので、寒いキャンプにはカレーが一番(´∧ω∧`*)
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お土産で頂いたお米とカレーが晩餐です(((o(*゚▽゚*)o)))

明日は出羽三山神社参拝ですが、ぶっちゃけ登山みたいなもんなのでさっさと寝ます(∩ω∩`)
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宙のまにまに 聖地巡礼 [聖地巡礼]

まだまだ続く去年のツーリングネタ。

福岡県から陸路で走る事1300km。

ここは福島県の猪苗代湖。
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仕事上がりに一睡もせずに走りました。




宙のまにまに(そらのまにまに)
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2009年7月7日から9月22日まで放送されたテレビアニメで、星々を観察する天文部を舞台に

様々な人間ドラマが展開されていく部活系のアニメになっています。




主人公、大八木朔(おおやぎ さく)は父親の単身赴任の為、かつて幼いころに住んでいた

小杉野市に返ってきた。

この作品のヒロインとなる明野美星(あけの みほし)とは幼馴染で、読書が好きな朔とは対照的に

星を見ることが大好きなアウトドアガール。

幼少期に嫌がる朔を散々外へ引っ張り出しては天体を観察していた。
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ある日、木から落ちた美星を助けようとして朔は腕を骨折してしまう。

その直後、父親の転勤が決まり引っ越しを余儀なくされるが、仲よくしていた美星が見送りに

来なかったことが幼い朔少年のトラウマになってしまった。




高校で美星と再会した朔だったが、過去の記憶から彼女を拒絶する。しかし後に誤解が解け

美星が所属する天文部に入部する。

最初は星に興味のなかった朔ではあったが、天文部の活動を通じ天体に興味を持つようになる。

と言うような序盤の流れだった・・・・はずヾ(-`ω´-o)ゝ。+゚

なんせ記憶が1年以上前p(´⌒`q)




原作 柏原麻美先生は『宙のまにまに』の他、『Hello, dear』『BanG Dream!』などなど

様々なコミック作品を生み出しています。




聖地は冒頭でもご紹介しましたが、福島県の猪苗代湖です。

第4話くらいに合宿の為、主人公たちが訪れています。
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桟橋なくなってる!.jpg

天文部の活動は主に夜に行われるので、若い男女が夜活発に活動すると!!??

なんてちょっとドキドキしますが、男の子が期待する様なシーンがないのがこのアニメの良い所。

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アニメで登場する星々の配置や時間、季節などは実際にアニメの製作スタッフさんたちが

観測して記録したものを元に映像として作り上げる力の入れよう!

スワンボートホントにあった!.jpg

夏休みの自由研究に天体観測なんかもいいかもしれませんね(´∧ω∧`*)

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艦これ 阿武隈 聖地巡礼 [聖地巡礼]

福島県白河市にある鹿嶋神社
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福島県に来たついでに聖地巡礼もやっちゃいます。

DMM.comが配信するブラウザーゲーム『艦隊これくしょん 艦これ』

この作品に登場する艦娘(かんむす)

軽巡洋艦『阿武隈』

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前髪くしゃくしゃぁってされてる方です。

アニメやゲームにこの神社が登場するわけじゃないけど、第二次世界大戦中に存在した

軽巡洋艦『阿武隈』の艦内神社。

そのもとになったのがこの鹿嶋神社なのです。

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雷神、剣の神である武甕槌命(たけみかづちのみこと)を御祭神として祭り上げられたのが

770年から780年のこと。

811年には坂上田村麻呂が東夷征伐の戦勝を祈願したと言われています。

以降現代に至るまで様々な歴史がある神社ですが海軍関連と言えば1925年に

海軍元帥東郷平八郎が『鹿嶋宮』の額をこの神社に奉納しています。
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だるまさんだらけ。

恒例のイタ絵馬探し
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く・・・・クオリティー高くね!?
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パワースポットもあるし、もしかしたら神社って昔の人のテーマパークだったのかな???
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おみくじも楽しみの一つだよね♪
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神社によっていろいろなおみくじがあって楽しいよ(∩ω∩`)




阿武隈の漢字覚えてくれました?・・・・書いてみて?ん”ん”っ!違います!!
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1923年3月16日、浦賀船渠にて誕生した阿武隈は

大正時代に沢山生まれた5500トン級軽巡洋艦のうちの一人

福島県から宮城県を流れる阿武隈川からその名を与えられました。

長良型の六姉妹の末娘。

1930年10月20日 

大演習中に軽巡洋艦『北上』に追突

この為か北上が苦手な阿武隈。

他の姉妹と相違点が多々あり艦首に関してはもっとも見分けやすい特徴である。

ぶつかった後修理したからね。




1941年12月

真珠湾攻撃作戦に参加。空母機動部隊警戒隊に編成され第一水雷戦隊の旗艦として頑張りました。




1942年1月

ビスマルク諸島攻略作戦を支援。ジャワ攻略作戦。インド洋作戦に参加

同年5月

第一水雷戦隊は北方部隊に編入されアッツ島攻略の要を担いました。




1943年3月

キスカ島撤退作戦に参加。アメリカ軍の艦艇に見えるように偽装し、霧と夜の闇にまぎれて

キスカ島に孤立した大勢の命を救出する為出撃しました!

皆、バラバラの出発。高射砲の発射音で位置を知らせながら駆逐艦たちを先導しました!

途中、衝突事故や小島を敵艦だと思って誤射もしたけど取り残された人たちを全員助けることが

出来ました!

ホントに奇跡の作戦。

最後に軍医の先生がイタズラで兵舎の前に『ペスト患者収容所』の看板を立ててました。

敵の上陸部隊・・・・びっくりしただろうなぁ。

同年4月 11月 

まあ、あたし的に気に入っていたんですけど、主砲を換装しました、はい!




1944年 

航空兵装をおろして沢山の対空機銃を載せました!




1944年10月25日

闇に乗じて第二遊撃部隊第一水雷戦隊旗艦として突入したスリガオ海峡。
73f60163-s.png
敵魚雷艇群の攻撃を受け、艦首第一砲塔の下に被弾し大勢の犠牲を出しました。

速力が低下したので旗艦を駆逐艦『霞』に譲り、駆逐艦『潮』と共に戦線を離脱しました。




そして運命の日

10月26日

夜明け。

明るくなると敵の飛行機が何度も襲ってきました。

けど、あらかじめ沢山載せていた対空機銃で応戦してなんとか追い払うことが出来ました。

ミンダナオ島ダピタンで応急修理。

そのあとも潮に付き添われコロンへ向かう事に。

けど、またあの音が迫ってくる。

低く空気を振動させるプロペラの音が。

B-24爆撃機が対空兵装の射程外から爆弾を落としてきた。

最初は高高度からの攻撃。

次は低空からの爆撃。

直撃弾3発、至近弾4発を受けて甲板上で戦っていた人たちは全滅。

艦橋でも大勢の戦死者、負傷者が出ました。

火災が発生し、機関は停止。

もう海に浮いているのがやっとの状態になった時、次のターゲットが潮に移りました。

絶望的な状況の中、必死に応急修理をしていたけれど、火災により魚雷発射管の魚雷が爆発。

船体に亀裂が入り重油が流出。

ダメージコントロールの限界を超えたところで総員退艦命令が下り、生存者は潮に救助された。

阿武隈は後部から3時間かけゆっくりと沈没していった。
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東北へ 猪苗代湖キャンプツーリング [ツーリング]

2017年5月

ついに来ましたこの時が!!

GWロングツーリングと言う名の修業ツーリング!!

気になるメインの目的地は?

福島県『磐梯吾妻スカイライン』

山形県から秋田県にまたがる『鳥海ブルーライン』

宮城県『蔵王エコーライン』

そうなんです!

今回の旅のテーマは『道』なのです( ・`д・´)!!

長く凍てつく冬が終わり、草花と共に目覚めるライダーさんも多いと思います!

僕もそんな春を告げる風物詩ライダーの一人。

走って走って走りまくるゼ(`・ω・´)キリッ




それじゃぁまずはいつもの九州脱出から始まるよ
私の九州脱出口.jpg

バイバイ九州.jpg
関門海峡を渡ればそこは本州の端っこ山口県!

さらに北上をつづけて広島県の宮島で給油休憩を挟みます。
広島県宮島で給油休憩.jpg
今向っているのは東北への入り口、福島県何だけどそこにとっても綺麗な湖があるんだって

湖の名前は『猪苗代湖』知ってる?

僕は4年ほど前に有名な湖とは知らずにスルーしちゃったんだけど、今回の東北ツーリングでは

その猪苗代湖のほとりキャンプから始まるんだ(´∧ω∧`*)




山陽自動車道をぐんぐん登って行き新名神、東名阪自動車道に指しかかった頃には4月下旬とは

思えないほどの寒さ・・・・

三重県ってこんなに寒いのか!?
三重辺りで寒さに震える.jpg
こんな時、疲労と寒さを和らげてくれるのが『緑のどんべぇ』((゚(o´∀`o)

仕事上がりに1300kmの道のりをひた走る。

くぅっ!この疲労感!生きてるって実感できるぜ!

『実はゆきさん弩Mなんじゃね?』

手首に輪ゴムつけて、一人でパッチン☆ってやってたのしんでるんじゃ・・・・|ョ゚Д゚ll))コエェ

しねぇよ|||||/( ̄ロ ̄;)\|||||||

再び気力を振り絞り走り始める。
再び.jpg

たまにストレッチなんかして、こわばった体をほぐしながら脳にも刺激を送る。
ストレッチも欠かさない3.jpg

目の下に酷いクマを作りながら見上げた世界に、日本一が飛び込んできた!!
夜明けだ!!富士山だ!!.jpg
一気にテンションが上がって雄叫びと共に、落ち込んでいたスピードも上がる

何処からやって来たのかライダー達がそれぞれの旅路をひた走っている。
それぞれの旅路へ.jpg

まっすぐに目的地を目指して
チームカワサキ.jpg




もうどれだけ走ったろう?太陽も登り切りギラギラと眩しささえ感じる・・・・

目の奥が光で痛い。

多分、それは僕だけ。
東北自動車道 那須高原 エネルギー補給!あと少しだ!.jpg
限界間近で栃木県の東北自動車道!

那須高原!

4年前に栃木に立ち寄ったことを思い出した。

とても暑い日だったけど、明らかに爽やかな高原の風。

あの時食べ損ねてた餃子を今ここで買っておくぞ(`・ω・´)キリッ
ビ、ビール下さい.jpg
宇都宮餃子だヾ(≧∇≦*)/

これにビールとかあったら最高だろうねぇ♪(´∪`●)

ビールはダメだから代わりにコレ
ライダーの大好きなこれ!!!!.jpg
はうぅ幸せ(σ*´∀`*)

ライダーゆき!4年前のグルメの雪辱を果たしエネルギーもチャージで来ました!!(*ゝωб*)b!!
チャージ完了!一気に走り抜けるぞ!.jpg
福島県まで残り僅か!

一気に駆け抜けるぞっ!!




1300kmの距離を走り切り、見事福島県入りした僕。
鹿島神社ぁぁぁっつ.jpg
自分では恒例の安全祈願を土地の神様にお願いしにやってきました。

ここは鹿島神社
りりしかっ.jpg
どうか全てのライダーに安全を。旅立ちの祝福を。



福島県からは僕にとって見る物も、触れる物も、感じる物もすべてが好奇心と冒険心に満ちた世界
ババンババンバン磐梯山!?.jpg
きっとはるか遠くに見える山は磐梯山だよ!

雄大で雄々しい山だよ!

あそこにも僕の目的とする場所があるんだ!

福島にはこれで3回目の訪問になるけど、何もかもが新鮮なんだ。

知ってる所よりも知らないところの方がはるかに多い。
食糧調達.jpg

道の駅 季の里天栄で夕食の調達をしようと思ったら、地元のライダーさんに声を掛けられたよ。

東北らしい訛りで自分が旅をしてる実感が凄く湧くんだよね

バイカーはステッカーも大好き だって嵩張らないじゃん.jpg
道の駅で調達をしたら、店員さんがくれたよ(∩ω∩`)

ライダーはステッカーだいすきなんだよ♡

嵩張らないしバイクやヘルメットの好みの場所に貼れる。

いい思い出やドレスアップにもなるんだ(((o(*゚▽゚*)o)))

もちろん愛車の傷を誤魔化す時もねヾ(-`ω´-o)ゝ。+゚

僕は大事にコレクションしてる。

写真の様に後で見返すんだ。そうすると、その場所の光景が鮮やかに蘇る。

風を切る感覚も。




バイクでいろいろな所を走ると『魂の還る場所』を発見する時がある。
魂が帰る場所.jpg
心揺さぶられて、そこに何時まででも居たくなる。

そんな場所。

僕の場合は東北なのかも。

九州では過ぎ去った春が、ここではまだそこに居る
食糧の採取.jpg

バイクとナイフと地図は男のマストアイテム
春の味覚と手製のナイフ 旅の道しるべ.jpg
ナイフは僕のお手製なんだよ!

・・・・切れないんだけどさ・・・・

最高のツーリングは最高のルート選びから
この道最高.jpg
猪苗代湖を周遊する道を走り

二度目の花見
二度目の花見.jpg

九州じゃぁもう散ってしまってるんだよ。

猪苗代湖と磐梯山.jpg
どことなく最果て感のある風景がたまらない

この湖をあと半周すればもうキャンプ地だよ
遂にたどり着いた.jpg

猪苗代湖とはまた再開するとして雄大な磐梯山を眺めながらのライディング。
最高何もかもが最高.jpg

昔の宿場街道で更に食糧の調達
調達.jpg

福島の名物の一つ『馬刺し』
本場の馬刺しも調達.jpg
これを手に入れに来たんだよ!

お肉屋さんの奥さんから馬刺しに付ける秘伝の調味料もサービスでもらっちゃった(´∧ω∧`*)

キャンプ場の近くの温泉では地元の方々と裸の交流。
ここで入浴する!.jpg
うぅむ。方言が独特過ぎていったい何を言っているのかわからない。

この時は、その場の雰囲気で会話してたよ(笑)

うん。これなら海外ツーリングも夢じゃないねヾ(≧∇≦*)/




そしてキャンプ場へ
湖畔のキャンプ地秋山浜キャンプ場.jpg

猪苗代湖と磐梯山を見ながらキャンプ!
ここをキャンプ地とする!.jpg
最高の贅沢だよぉぉヾ(≧∇≦*)/

どう?

キャンプツーリング。ゆるキャンΔみたいでしょ?

料理もちゃんとするんだよ♡
がんばる.jpg
那須高原では餃子にビールなんてオジサンっぽいこと行ったから今度は女子力を上げていくよ!

終わりそれは始まりの瞬間ここから世界が広がる.jpg

今夜はきのこのリゾットとボッリートミストって言ういろいろな部位のお肉を使った

北イタリアの料理だよ♪

5種類のハーブで作ったサルサヴェルデって言うソースを付けて食べる煮込み料理なんだ♪

米も作り、牧畜も盛んで寒い地方の北イタリアの料理は東北にぴったりでしょ(´∧ω∧`*)
リゾットとボッリートミスト.jpg
それに忘れちゃいけない馬刺し!

やわらかくっておいしかったよぉ(゚▽^*)

満天の星空と湖のさざ波の音を聞きながら、東北の夜が更けてゆく。
アニメの様に.jpg
明日は磐梯吾妻スカイラインでワインディングをたのしむぞぉ(((o(*゚▽゚*)o)))
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唐戸市場 錦帯橋 お花見ツーリング [ツーリング]

2017年4月某日

Yu氏がバイクを買ったってSNSにアップしてたので、納車翌日にツーリングに行こうってなりました!!

ライダーってさ、仲間がバイクを買う時は自分が車両を買う時みたいに

アレコレ悩むんだよね(σ*´∀`*)

コレがいいよ!!

アレはちょっとなぁって。

女の子が服を買う時みたいにさ。

どんなのを買ったんだろ?

まさか現行のZX14R!?

と思ったら
まさかとは思ったけど新車か!!りさ.jpg
集合場所に新型のNinja1000で現れた!!!!( ゚Д゚)!!!!

1年前の記事をアップしてるけど、その時は大分県に1台しかいなくって駐車場に止めてると

人が集まってくるほど珍しかったんだよ!

お互い短時間で1000kmを越えるツーリングをやるからピッタリなチョイスだと思うよ(`・ω・´)キリッ

東九州自動車道の今川から目指すのは山口県下関の唐戸市場で、慣らし運転も兼ねた

お花見ツーリングの開始です。
ninja1000 autstrada.jpg
いいねぇカワサキの凄味デザインΨ(≧ω≦)Ψ

サイドケース、ETC、グリップヒーターもついてるし、

ABS、外気温表示、シフトインジケーターなどなどライダーをサポートする装備が満載された

車両となっています。

『バイクの性能の違いが、戦力の決定的差ではないということを・・・教えてやる!』

・・・・慣らしやけ100km固定か(-_-;)

新鮮な魚介の握りが食べられる唐戸市場に到着。
唐戸市場で朝ご飯りさ.jpg

フグの潜水艦・・・・うそりさ_1226.jpg

市場の中では新鮮な魚介やお寿司、様々なお土産がありイートインコーナーも設置されているので

買ったものをその場で食べられるよ(´∧ω∧`*)
おねぇさん一貫お願いしますりさ.jpg

鮮度はもちろん、お値段も安いんだぁ∩(´∀`∩)∩( ´∀` )∩(∩´∀`)∩
海の宝石箱やぁお♪りさ.jpg
パッと好きな物を選んでお会計することが出来るから一連の流れがスピーディー♪

春の朝はちょっぴり冷えるのでフグの味噌汁もねヾ(≧∇≦*)/

あったまるよぉ(´∧ω∧`*)
ぜいたく過ぎてお口腫れちゃわないかしら?ふぐたくぅん♪.jpg
ここだけの話、ちょっとだけ値切って買ったんだぁ(*ゝωб*)b

朝ご飯だけど戦利品!

おまけにYu氏からフグの唐揚げまで分けてもらったよ!

ありがとぉヾ(≧∇≦*)/

しっかりエネルギーを補給した後は、しっかりお花見渋滞に巻き込まれて

たどり着いたのが錦帯橋!

と、その前に、ライダーとソフトクリームは切っても切り離せない関係に。
頑なにバニラソフトを選んだあなた!そんなじゃ恋人できませんよ!.jpg
160種類以上も味が選べるソフトクリーム屋さん。

納豆味とか鮎味とか見つけたけど、それでもバニラ味を選ぶって人おる?

あ、それ、絶対結婚できん人やけぇ(笑)

ちなみに僕たちは?

えぇ。もちろんこの行列に並ぶ気がなくスルーしました(笑)

ソフトクリームのむさしやさんも有名みたいだけど、山口に来たらこれもたべんとね!
トム・クルーズ主演 last iwakuni sushi.jpg
瓦そばと岩国寿司!

お寿司はコレが最後って言われたので超ラッキー♡

ついでにからあげの聖地近隣からやって来たので、米麹からあげってのも試してみようジャマイカ!

まぁ結論から言うと、観光に来られた方は絶対食べとき!

おいしぃよぉ♪

瓦そばは有名どころだと思うのですが、岩国寿司は岩国藩の初代藩主様が

合戦の為の保存食としてつくらせ、それが町民にも広まって今に至るという歴史があり、

特徴は具材を散らした層がミルフィーユ状になっており、近海で取れた魚、

名産のレンコンと錦糸が使われているんだって。

お腹もいっぱいになったのでようやく本題のお花見へ
ふーりゅーじゃりさ.jpg
・・・・なんか写真の撮り方ごめん((((;´・ω・`)))

橋を渡ってると、白人の青年が写真を撮ってって声を掛けてきました。

僕の写った写真がそんなに欲しいの?って違うやろヾ(-`ω´-o)ゝ。+゚
ご婦人3姉妹と家族写真りさ.jpg
話しかけやすそうオーラは万国共通なんかな?

よく声を掛けられるのです。

対岸まで渡って頂くのはコレ!
不格好だけどおいしぃよりさ.jpg
おばぁちゃんが作ってくれた小豆ソフト♡

ちょっとぶかっこうなところがいいでしょ(#^.^#)

『ソフトクリームの種類の多さが、戦力の決定的差ではないということを・・・教えてやる!』

コレが日本の春だ!!って世界の人達に誇れるくらい素晴らしい景色なのにほとんど

花より団子ツーリングだな(笑)

こうなったら開き直ってYu氏オススメの自販機へ行こう!

最近その自販機に行った人を、場所がまったくわからない人が先導すると言う妙な編成で走るぜ!
先導りさ.jpg

適度にRを描くワインディングにありました!
ついたりさ.jpg
Yu氏曰くここの肉うどんが旨いらしいけど、人気ですぐに売り切れるんだとか。

ふりぃなぁ。
ふりぃりさ.jpg

さっそく肉うどんを狙うけどやっぱり売り切れでラーメンしかなかった(இдஇ; )
画期的で先進的りさぁぁっ!!.jpg
っちゅうか、かなり画期的で先進的なマシンじゃな(o゚Д゚o)オォ!

ラーメンっち言ったら豚骨やろ?
肉うどんは人気過ぎてすぐに売り切れるっポイりさ(泣).jpg
自販機の中の構造がどうなっとぅか知らんけど、素晴らしい盛りつけやない(((o(*゚▽゚*)o)))

味はねぇ。

給食に出てきそう!

うまなつかしい♪.+.((゚(o´∀`o):..+ウマァ

この自販機コーナー。他にもいろいろ売りよんよ!
単品で食うのかりさ!?.jpg
赤天。・・・・これ、単品で食うんかな?

手羽唐揚げ
あかてんよりも安いリサ・・・・.jpg
これは単品で食えるな。

てか、赤天より安い・・・・。

なんだろこれ???
中身がすげぇきになるぅぅ!!りさ.jpg
中途半端にたけぇ(இдஇ; )

中身が知りたいだけで300円も払えんわぁ!

Yu氏『それ、買ったらガッカリするヤツやん』

俺もそう思うわぁ。でも無性に中身しりてぇ!

誰かかってみて(∩ω∩`)

この後は軽くワインディングを流しての帰り道
街に映える.jpg
人間のシェイクダウンも終わったねぇ。

関門海峡で記念撮影をしたらこの後も引き続き、丸顔の羽生結弦が先導いたします。
自己主張の激しいチューチュートレインりさ.jpg
・・・・羽生選手の下りは冗談だよ。ごめんよ。そんな怒らないでよ。

2017年はYu氏とよく走った年になりました☆.:゚+。(●´∀`人´∀`○).:゚+。★

彼と僕は1000kmを越えて走るサウザントライダー。

夏は面白いところで出会うことになります。

それでは、いつかまたどこかで(゚▽^*)ciao☆
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バイクで力尽きるまでツーリング [ツーリング]

2017年3月某日

朝まで生きていられそう?

そういえば昨日から寝てないよな・・・・
望み通りの野垂れ死にりさ.jpg
自分の望みよりも更にハードな状況下でため息交じりの白い息をはいた。

季節は3月になるのに雪のなかのゆきです。




とにかく走り出したくてバイクのエンジンに火を入れたのが始まり。

時間に追われる毎日から抜け出したくて、まっすぐ!遠くへ!
ポカポカ陽気.jpg
と言いながら既に休憩中Σ(゚Д゚;)!?

ライダーの皆さんなら、この『走りてぇ!!』って気持ちが分かってくれるはず(´∧ω∧`*)

走って走って疲れるまで走って。

そんな経験もありますよねヾ(≧∇≦*)/




今日、目指したのは京都府の日本のヴェネツィア『伊根の舟屋』です。

二月が終わったばかりの3月上旬だから気温的にどうかなぁって思いながら、

中国自動車道を様子見で走ります。
山の上だからさ.jpg
山陽自動車道も通ってるけど、中国自動車道って気温が低かったりするから山陰アタックへの

様子見が出来るんだよね。

路肩に雪が残ってるので、日本海側も雪があるんじゃ???

様子は見るけど停まらない引き返さないのがいつもの悪い癖で、播但連絡有料道路辺りを

走るころにはこの季節の九州人もぶったまげるほど雪がのこっちょった!!
さみぃんやけどえりさ.jpg
600kmほど走ったところでようやく伊根に着いた頃には、もう真っ暗で宿泊施設も閉まってるし

キャンプ場もないのでこの辺でゴロ寝・・・・死ねるわ!!
伊根ぃぃねりさ.jpg
伊根の舟屋を見るのも目的の一つだったけど、いつものどこか行きたい病を再発してしまったので

くたばるまで走り続けるのも目的だったりする弩Мゆきです。




思い返せばこのころから僕の中のブッシュクラフト魂がくすぶっていたのかも。




トイレと除雪して山の様に積みあがってた雪山があったので、ここを今日のキャンプ地とする!!
ビバビバークりさ.jpg
てか、トイレ、雪、自販機しかねぇ。

脚も伸ばせるんだぜ
足も伸ばせるりさ.jpg

荷物も置けるんだぜ
荷物も置け7るりさ.jpg

長い時間寝てないから変なテンションだぜ
寝てないので変なテンションりさ.jpg

当然ながら伊根の舟屋が見えるわけでもなく
なぁんも見えんりさ.jpg

翌朝にはとんぼ返りp(´⌒`q)
街をぬけるりさ31.jpg
街を抜けて

そりゃさみぃわ
そりゃさみぃわ.jpg

ちょっと遊んで
日本海側ってすごいねりさ.jpg

腹を満たすのだ
はらぺこりさ.jpg

あったかうまいよぉ( ? 3?)[ハート]
んまぁいりさ.jpg

まだくえるよぉ
但馬牛を使ったローストビーフドンりさ.jpg
但馬牛を使ったローストビーフドン。

お肉の下には山芋が掛けられてれ激ウマ!!

んでまた高速道路を走っては休憩の繰り返し
一気に高速で帰還ソフトクリームは辞められませんりさ6840.jpg
僕の体感では、広島県福山市辺りでちょっとだけ暖かくなるなぁと言う

気候の境界線を発見!!やっぱり瀬戸内を走ってた方がよかったかもしれないけど、

雪山を掘ってのビバークはいい経験になりました。

あれって、体育座りをして朝まで救助を待つもので、秋田みたいな鎌倉のイメージで

ぬくぬく過ごせるものじゃないんだね・・・・当たり前かヾ(-`ω´-o)ゝ。+゚
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